2012年9月21日金曜日

芦浦道

芦浦道は、近世に近江国栗太郡を南北に貫いていた東海道の枝道の一つ。大江(現大津市大江3丁目)?芦浦(現草津市芦浦町)までの約11kmをいう。明治以降県道となり、芦浦街道と呼称される。蘆浦路、瀬田道とも。「近江国栗太郡村誌」(明治17~18年)には広いところで「幅壱間(約182cm)」(御倉村)とある通り、矢橋道や東海道、中山道などの主要街道が三間(545.5cm)前後であるのとくらべると狭く、周辺庶民の生活道であるとともに、芦浦観音寺への参詣道でもあった。近江国・湖南地域には東海道と港を結ぶ東西の枝道が多いが、芦浦道は湖岸に沿った南北の道路であった。 浜街道が整備されにしたがって、その役割を譲っていった。
○経路(周辺の集落)
大江→南大萱→新浜→矢橋→御倉→木川→上笠→下笠→穴→芦浦
○周辺の文化財
芦浦観音寺(国の史跡)-阿弥陀堂・書院(重要文化財)
鞭碕神社:表門が重要文化財
石津寺:本堂が重要文化財

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