2014年12月7日日曜日

大阪市内にある渡船場

大阪市内に渡船場っていうのがあるのをご存知でしょうか。があるのをご存知ですか。8つもあります。
○天保山渡船場
大阪市内にはいくつかある渡船場の1つ。船で渡ればそこにはすぐあの有名なUSJがあります。
天保山(大阪市港区築港3丁目)と此花区桜島3丁目を結ぶ(岸壁間400メートル)位置に天保山渡船場がある。
明治38年に開設されたこの渡しは、大阪港の反映を企図した大阪市が港湾振興策の一環として始めたもので、、昭和15年まで橋の港湾部が所管していた。当初は、天保山、桜島、築港大桟橋の間を三角運行していたが、大阪港の繁栄に連れて利用者が増え、築港大桟橋を基点に木津川、尻無川方面にも運行区域を広げ、大正11年に天保山桟橋が完成して内航客船が発着するようになってからは、天保山~桜島間を周や運行した時代もあったが、昭和元年に現在のルートになった昭和初期には桜島付近の重工業化が進んで通勤用としても利用された昭和12年12月1日午後9時頃、渡船が突風にあおられて転覆、軍需工場帰りの乗客53人の犠牲者を出す事故があった。昭和15年頃に管理は土木部(現建設局)に映され、現在に至っている。昭和42年には1日平均1700人の利用者があったが、平成13年には870人程度になっている。
・港区築港3丁目2-25:地下鉄中央線大阪港下車、北へ徒歩10分
・此花区桜島3丁目10-34:JRゆめ咲桜島駅下車、南西へ徒歩10分


















○甚兵衛渡船場
昔、尻無川の堤は紅葉の名所であった。「摂津名所図会大成」に大河の支流にして江之子じまの北より西南に流れて寺島の西を入る後世この川の両堤に黄櫨の木を数千株うえ列ねて実をとりて蝋を製するの益とす、さらば紅葉の時節にいたりては川の両岸一圓のくれないにして川の面に映じて風景斜ならず騒人墨客うちむれて風流をたのしみ酒宴に興じて常にあらざる賑ひなり河下に甚兵衛の小屋として茶店あり。年久しき茅屋にして世に名高し。」とあり、甚兵衛によって設けられた渡にある茶屋は「ハマグリ子や」と呼ばれて名物の蜆、蛤を賞味する人が絶えなかったという
現在も甚兵衛渡船場は健在で、大正区泉尾7丁目と港区福崎1丁目を結び(岸壁間94メートル)、朝のラッシュ時は2席の船が運航している。平成13年度の平均1日利用者は1580人を数える。
・大正区泉尾7丁目13-32:地下鉄、JR対象駅から市バス「新千歳」方面息(98、98A、108系統)「泉尾4丁目」下車、西へ徒歩5分
・港区福崎1丁目3-50:弁天町バスターミナルから市バス106系統「福崎1丁目」下車、南東へ徒歩5分(夕凪からは12分)










○千歳渡船場
この渡しは大阪港復興事業の1つとして大正区の内港化工事を行った際、既設の千歳橋が撤去され、その代わりの施設として設けられた。昭和30年7月にそれまでの民営から港湾局の所管とし(同32年6月直営化)、同39年建設局に移管された。大正区鶴町3丁目と同区北恩加島2丁目間(岸壁間371メートル)を運行している。平成13年度現在1日平均約770人が利用している。
・大正区北恩加島2丁目5-25:地下鉄、JR大正駅から市バス98、98A108系統「新千歳」下車、南西へ徒歩10分
・大正区鶴町3丁目1-69:地下鉄、JR大正駅から市バス「鶴町4丁目」行き「鶴町4丁目」下車、北東へ徒歩5分
○船町渡船場
船町渡船場は、大正区鶴町1丁目と同区船町1丁目を結ぶ(岸壁間75メートル)。平成13年度現在、1日平均240人程度が利用している。昭和20年代後半から30年代にかけて、川幅が狭いことを利用して対岸まで船を連ね、その上に板を敷き、人や自転車が通行した。
・大正区鶴町1丁目16-61:地下鉄、JR大正駅から市バス「鶴町4丁目」行き「鶴町1丁目」下車、南へ徒歩4分
・大正区船町1丁目3-117:地下鉄、JR大正駅から市バス70、70A系統「西船町」行き「西船町」下車、北へ徒歩4分















○落合上渡船場
落合上渡船場は、大正区千島1丁目と西成区北津守4丁目を結ぶ(岸壁間100メートル)。平成13年度現在、1日平均470人程度の利用がある。
上流にある木津川水門(防潮堤)が毎月1回程度開閉試運転のため閉まっているのが見える。
・大正区千島1丁目29-41:地下鉄、JR大正駅から市バス「鶴町4丁目」行き「大正区役所前」下車、東へ徒歩13分。又は94系統「千島公園前」下車、東へ徒歩5分
・西成区北津守4丁目15-1:南海汐見橋線津守駅下車、北西へ徒歩9分。









○落合下渡船場
落合下渡船場は、大正区平尾1丁目と西成区津守2丁目を結ぶ(岸壁間138メートル)。平成13年度現在、1日平均400名程度が利用している毎年10月末から翌年4月末にかけて、数百羽のユリカモメが飛来する。
・大正区平尾1丁目1-26:地下鉄、JR対象駅から市バス「鶴町4丁目」行き「大正中央中学校前」下車、東へ徒歩12分。又は94系統「小林公園前」下車、東へ徒歩3分
・西成区津守2丁目8番地21:なんばバスターミナルから29系統「地下鉄住之江公園」行き「津守神社前」下車、北西へ徒歩8分











○千本松渡船場
大正区南恩加島1丁目と西成区南津守2丁目を結ぶ(岸壁間230メートル)。
このあたりは木津川の川尻に近く、江戸時代には諸国の廻船の出入りの激しいところであった。幕府は、船運の安全のため、水深を確保し、又防波堤としても役立つよう、天保3年(1832年)ここに大規模な石の堤を築いた。千本松の名の由来は、この堤防の上に植えられた松並木から来ている。「摂津名所図会大成」に「右塘に数株の松を植列ぬゆるへに俗に木津川の千本松といふ、洋々たる蒼海に築出せし松原の風景は彼の名に高き天橋立美穂の松原なども外ならず覚えゆ…」と述べている。
千本松の渡しが設けられた年代ははっきりしないが、大正時代の中ごろに初めて設けられたものと思われる。昭和48年に千本待つ大橋が完成したが、渡船は現在も通勤通学の貴重な交通手段として利用されている。平成13年度現在の1日平均利用者数は1270人程度となっている。
・大正区南恩加島1丁目11-1:地下鉄、JR大正駅から市バス「鶴町4丁目」行き「大運橋通」下車、東へ徒歩9分。又は76系統「地下鉄住之江公園」行き「千本松端西詰」下車、東へ徒歩2分。
・西成区南津守2丁目4-88:あべの橋から市バス7系統「住吉川西」行き、なんばバスターミナルから29系統「南津守」下車、西へ8分。又は地下鉄住之江公園から市バス76系統「南津守2丁目」下車、西へ徒歩5分。















○木津川渡船場
大正区船町1丁目と住之江区平林北1丁目を結ぶ(岸壁間238メートル)唯一の港湾局管理の渡船である。昭和30年12月からカーフェリー(「松丸」134トン)が運行していた、乗用車から大型トラックまで運搬しうる能力を持っていたが、上流部二千本待つと線大橋が開通した昭和48年の翌年からは、カーフェリーは廃止され、人と自転車のみを運ぶ渡船となった。利用者は大正区の工場に通う人や住之江区の木材関係で働く人がほとんどである。水がきれいになったためか、渡り鳥が飛来し、毎年10月から翌年4月にかけて魚を取る姿が見られるという。平成13年度現在の1日平均利用者数は150人程度となっている。管理・運営は、大阪市港湾局管理部作業課である。
・大正区船町1丁目1-4:地下鉄、JR対象駅から市バス70系統「西船町」行き「中船町」下車、南へ徒歩4分。
・住之江区平林北1丁目1:ニュートラム「平林」からしバス49系統「平林北1丁目」行き「木津川渡し通」下車、北へ徒歩8分














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