2016年4月14日木曜日

梅松院(片山北海・入江昌喜墓所)

大阪市天王寺区にある臨済宗の寺である。北海は江戸時代後期の人で、混沌詩社をおこして大阪文化に大きく寄与した。昌喜も同時代の人で町人国学者として多くの著書をのこした。片山北海(1723-1790)は江戸後期の儒学者で、かつ大阪の代表的な詩文家でもある。懐徳堂、泊園書院、梅花社と並ぶ有数の学舎である「混沌詩社」は片山北海を盟主とし明和2年(1765)に結成された。そのメンバーは儒者、医師、武士、商人など多彩であり、酒盃を交えながら詩文を練り、韻を探り、作品の出来不出来は、盟主片山北海が裁断したという。
入江昌喜(1722-1800)は、榎並屋半次郎という町人国学者であり契沖(けいちゅう)の学に傾倒し、多くのものを学びとったという。本格的な研究は60歳近くになって、かつ独力で学んだといわれるが、次第に実力をつけ業績をあげ、学者としての名も高くなった。高津の隠居所で読書三昧の生活を送り「幽遠随筆」ほか数多くの優れた著作を残している。
所在地:大阪府大阪市天王寺区城南寺町5-47





0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。